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記憶と対策・地震・原発

[31] 記憶と対策地震原発 Name:はね@福島中通り 2011/05/17(火) 11:24 [コメント ]
福島かんかんさんの投稿を見て、私も皆さんの何か役に立てればと投稿します。
私の地区は福島第一原発から約60kmに位置しています。

3月11日当日はこちらは震度6弱、地鳴りがすごかったです。グォォォォゴォォォと、直後から西から東への細かい雪で猛吹雪になりました。わくわくさんのコメント欄にも書きましたが、近所で地震に怯えた飼い犬がパニックで飛び出しまったケースがあり、何か対策があった方がいいと思います。

私は感謝することに1度も避難すること無く今に至りますが、今は放射能とどう向き合って防御していくかの点に集中しています。
今私が常に車と家に備えてるものとして
・カッパ
・マスク(N95)
・ハンカチタオル(1歳児がいるので、マスクを嫌がるため一大事のときに濡らしたハンカチで対応します)
・手袋
・水12リットル(家のすべての水は120リットル備蓄)
・粉末ジュース(熱射病に備えイオン系数袋)
・帽子
・後は皆さんも備えてる懐中電灯ラジオなどの防災袋一式

格納容器・圧力容器の爆発の可能性を冷静に頭に置いておくことで、無防備でいるより安心感は得られました。
その備えがどれだけ効果があるのかわかりませんが、全くの無防備よりはいいのかな・・。

皆様も物資不足や燃料不足を経験されてわかってる方が多いと思いますが、やはり米と味噌、そして水があったことは1番心強かったです。ただ、ここは停電が1度も起きなかった地区なので、停電があった地区はご苦労も多く必要な物も違ってくると思います。

ある程度買い物が出来るまで最低1~2週間かかったと思います。ご近所の方との物々交換や情報交換はとても役立ちました。
ガソリン不足で自転車で動いてる方(出勤や買物、水の確保)が増えました、爆発から数日は放射能対策を万全にされてる方は少なく感じました。
県からテロップでマスクや換気等の注意がされたのも少し経ってからのことで、避難区域以外は国からとくに指示は無かったと思います。テロップには「県からの呼びかけ」とありましたから。我が家は爆発から2週間は子供を一歩も出しませんでしたが、さすがに飲料が底をつきはじめ、置いて行けず、見て貰う人も居ないので、車で外出しました。

何かあったときは、万全に構えられる備えだけは自分で判断していくのが今思うことでしょうか。避難に関しては私も何とも言えません。実際60キロに居て、今もなお生活をしているので。。

断水、初めての経験でした。
蛇口をひねっても水が出ないというのはすごく辛く不便さを実感しました。洗物が出来ない、洗濯が出来ない、トイレが流せない、お風呂に入れない。衛生的なものばかりです。風呂の水はトイレ用や少ない洗濯用に大事ですね。
今はトイレの水用として開いたペットボトルに備蓄しています。
お風呂の残り水をその分洗濯などに使えるので。
食器はラップを敷いて洗わなくて済むようにしました。

それと震度6弱でしたが、店内の天井が崩落、または剥がれ落ちた店が多くありました。瓶なども割れたり、すぐの営業再開はお客さんの安全確保第一で無理なようです。
大きなドラッグストア系は店が営業開始するまで2~3週間以上かかりました。
赤ちゃんやペット用品、生理用品等が手に入りにくくなりました。
営業再開した店の棚を思い返すと、食品飲料は勿論のこと、ラップも無くなるのが早かったですね。
今まで様々なものを無くなったら買うの人でしたが、最低2つは備蓄するようになりました。
わくわくさんの備えてわくわく精神ともっと早く出逢いたかった~って思います。

原発に関しては福島のような事故が二度と起きないことをただただ願います。
万が一のときはやっぱり「慌てない、情報を確認する(ここが明確じゃないと動きようも無いのが問題!)、冷静に行動する」ですね。
ちなみに姉は防災にすごく徹底してた人ですが・・・震災当日は揺れる中自分の逃げ道に倒れるものを全く確認せずまっさきに家から慌てて飛び出したという^^;準備はあっても頭の中でのシュミレーションというのは大事なんだと思いました。

読みづらい長文ですいません<(_ _)>


[32] RE:記憶と対策地震原発 Name:かんかん@福島 2011/05/17(火) 12:11
福島はねさんのコメントを見て思い出したことがありますのでお邪魔させて頂きます。

食料の調達などに確かに時間が掛かりましたがこれは大手のスーパーなどを使っている方はもっと大変な思いをされたと思います。
それは、中に人が入れないので(安全確認ができるで営業再開が出来ない)そとで回転率の悪い物を優先に販売されることが多いからです。このために必要な物の調達のために動きまわってガソリンなどをっ必要以上に使ってしまう傾向があります。

そのためには多少高くとも近所の個人商店などの情報を入れておくと非常に便利です。わたしは郊外ということもありましたが3件の商店を使うことにより食事に関しては何の問題もありませんでした。少し多めに仕入れて近所との交換で内容も満足を得ることが出来ました。

とにかく現代は燃料が不足するとインフラさえも止まってしまうのでそして回復も遅れますのでいわゆる抜け道を自分で構築しておいてほしいと思います。


[33] RE:かんかんさん Name:はね@福島中通り 2011/05/17(火) 13:55
かんかんさん、わかりやすい説明ありがとうございます。
ほんとにガソリンには泣かされました。
我が家も小規模なスーパーが近場にあったので、そこは再開が早く、確か5日目から再開してました。ギリギリまで買い物には出ませんでしたが、ご近所の方などから情報を得られました。開店情報はNHKなどの災害情報テロップ、地域のラジオ番組で情報を得れますが、個人店舗までは把握しきれ無いので、地域の方々との情報交換は本当に大事ですね。また閉店時間が早いので、働いてる方の買い物は大変だったと思います。

津波地域だった被災地は店の再開すら不可能な状態で、避難所利用をされなかった方々も相当ご苦労されたと思います。

http://wakuwaku-bbs.webdeki-bbs.com/wakuwaku-bbs_topic_pr_31.html


[9] 備えあれば憂いなし Name:かんかん@ふくしま 2011/05/03(火) 11:03 [コメント ]
福島内陸部です。
私も地震の体感には疎いのですが当日は地震の後急に吹雪いてきたのを憶えています。これからの季節は吹雪は少ないでしょうが急に気温が下がりますので車のある方は足まで防護できる服を入れておくと
かなり快適に過ごせます。

近所との連携は物資の不足を解消できますので出来るだけ多くの物資を提供してあげて下さい。こちらは被災とは名ばかりのものでしたが近所との食料の連携でかなりいい食事を毎日取ることが出来ました。そのおかげでボランティアにも早くから参加が可能となりました。

地震後は停電からラジオを3日間使用しましたが、地震の前には音波の変化がこちらでもありましたので身構えることが出来ました。しかし、震源が近い所では地震の方が早い(縦揺れが急に来る)のであまり気付きの参考になるものではありません。

その後は原発問題などがありましたので、大きな避難所に4日ばかりボランティアに行きましたが一段落すると皆さん困っているのが現金と着替え(生理用品含む)です。最低1週間分を用意してもらえればその後は援助物資が手に入るのでそれだけお願いします。あと出来れば枕もあった方がいいでしょう。これはかさばるので空気で膨らます旅行用などがあればいいのかなと。毛布を枕にして肝心の体温維持に困っている方が結構いたので本末転倒にならないようにして頂けたらと思います。

ながながと書きましたがご参考になれば幸いです。予測、準備、連携があれば被災後の生活は問題なしです。

http://wakuwaku-bbs.webdeki-bbs.com/wakuwaku-bbs_topic_pr_9.html


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溺れたら浮いて待つ 着衣泳授業、児童ら学ぶ

 夏休みを間近に控え、子どもたちを水難事故から守ろうと、鳥取市円護寺の中ノ郷小学校(升田弘法校長)で13日、服を着たままで溺れたことを想定した着衣泳授業があった。6年生の55人が身動きのしにくさを体験し、万一の時には「浮いて救助を待つ」ことを肝に銘じた。


ペットボトルを抱えて体を浮かせる練習をする児童ら=13日、鳥取市円護寺の中ノ郷小学校
 指導したのは消防隊員などで構成する水難学会(新潟県)の岩本和貴さん(43)、中村昭さん(39)、井上康範さん(34)の3人。岩本さんは鳥取県内で唯一、中四国エリアの広域指導員で5、6年前から県西部の小学校で指導している。

 「浮いて救助を待つ」という着衣泳は、東日本大震災をはじめ全国各地でも救助例が多数報告されているという。

 服を着たままでプールに入った児童らは、「体が重い」と実感。岩本さんが靴が浮く性質を紹介し、「無理に服を脱ごうとせず、慌てないこと」とポイントを説明した。児童らはペアになり、ペットボトルを抱えて体を浮かす練習をし、岩本さんらの「息をしっかり吸って、体の力を抜いて上を見て」などのアドバイスに耳を傾けた。

 岩本さんは自分の子どもが着衣泳で九死に一生を得たエピソードを披露し、「とにかく上を向いて、助けを待つように」と訴えていた。

 海や川でよく遊ぶという鈴木蒼大君(11)は「きょう習ったことを忘れないようにしたい」、荒木悠汰君(11)は「服を着るといつもと違って体が重たかった。勉強になった」と話していた。

 県警によると、県内では6月以降で12日までに3件の水難事故が発生し、2人が亡くなっているという。

http://www.nnn.co.jp/news/110714/20110714009.html


 水難事故の危険が高まる夏を迎え、万一のときに命を守る方法を学ぶ着衣水泳教室が8日、丹波市市島町上竹田の市立前山小学校で開かれた。3~6年生63人が、体操服と靴を身につけたままプールに入り、あおむけに浮かんで助けを待つ「浮身」の姿勢を学んだ。
 昨年8月、同市春日町でため池に落ちた女児=当時(6)=が亡くなる事故が発生。今年7月3日にも明石市のため池で児童3人が犠牲になっており、いざというときに慌てないよう、4年ぶりに着衣水泳に取り組んだ。
 スイミングスクールの指導者2人が講師を務め、3・4年と5・6年に分かれて1時間ずつ講習を受けた。児童たちは「耳が水に沈むまでしっかり頭を寝かせて」とアドバイスを受け、こわごわ挑戦。力が入りすぎて沈んでしまう児童もいたが、ペットボトルの力を借りてコツをつかむと、次々と浮身を成功させた。
 講師を務めた波部賢太さんは「東日本大震災3 件の津波を浮身で5キロ耐え、救助3 件された人もいる。泳がず、浮くことが大切」と強調。4年生の女児(10)は「服がぶよぶよになって気持ち悪かった。泳ぎは得意でないけど、上手に浮けてよかった」と話していた。
(阿部江利)
(2011/07/09 09:15)
http://www.kobe-np.co.jp/news/tanba/0004252647.shtml


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「その時」が来たら:津波に備える/上 住民 /宮崎

 ◇歩いて避難路点検 高齢者の介助など課題も
 「ここは標高何メートル?」「高齢者も介助があれば登れるだろうか」

 水中観光船の発着場として知られる日南市の外浦港。港のそばに街並みが広がる外浦地区の自治会長、山下健一さん(69)は6月下旬、梅雨明け直後の強い日差しの下、市南郷支所の職員、市消防本部員とともに避難経路や避難所を点検し、新たに避難できそうな場所を探し歩いていた。急斜面を登り切り、墓地や裏山まで見て回ること1時間。噴き出す汗を浮かべた顔は曇っていた。「『地震が起きたら高台に逃げる』に尽きる。だけど、高齢者が多いこの地区では簡単じゃない」。

 総延長112キロの海岸線を有する日南市。東日本大震災の津波は、想定を超える規模で海岸沿いの集落を飲み込んだ。市は直後から沿岸の指定避難所43カ所を中心に見直しを始めた。あの規模の巨大津波が来たら、避難が現実的に間に合わない場所もあるためだ。

 外浦地区は住民約1100人の4割が65歳以上の高齢者だ。日中は消防団員も仕事に出て避難を手助けしてくれる人手は少ない。一方、夜は真っ暗で足元が暗く逃げづらい。地形的な理由でラジオが聞きづらく、津波情報を得にくい。

 山下会長は「いざというとき、住民は動けない」と危機感を募らせる。

   ◇  ◇

 「細島港も大変なことになる」

 約2200人が暮らす日向市細島地区9区長会理事長の吉野正晃さん(71)は東日本大震災の津波映像が今も頭から離れない。

 日向市の物流拠点・細島港は、年間貨物約380万トンを扱う工業港。吉野さんが暮らすのは、南側にある古くからの商業港そばの集落だ。

 場所柄、住民の危機意識は高かった。自主防災組織を作り、毎年のように防災訓練に取り組んだ。が、炊き出し訓練の会場だった市漁協広場の標高はわずか約2メートル。巨大津波に襲われたらひとたまりもない。「何のための訓練だったのか」。吉野さんのショックは大きかった。

 4月の住民総会では、防災無線の増設や夜間照明の整備を求める声が相次いだ。意見をまとめて提出した市への要望書には、集落背後の高台へつなぐ急斜面の避難路整備も盛り込んだ。地区を調査した宮崎大の村上啓介准教授(海岸工学)のシミュレーションは、避難路があれば、数分の差で逃げ遅れるはずの約150人の避難が可能、とはじき出した。

 吉野さんは今、自ら地区を歩き、防災マップにこれまで記載していなかった標高を書き加えている。「細島小の南側の高台は約15メートル。港の様子がよく分かる」。9月には津波からの避難訓練を予定している。

   ◇  ◇

 県によると、日向灘地震は30年以内にマグニチュード7・1前後の地震が70~80%の確率で起こるという。3・11から約4カ月。「その時」に向けた備えは、どう進んでいるのか。現場から報告する。


http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110708ddlk45040535000c.html


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