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外に出されていたらいろんな物に押しつぶされて死んでいたと思います。

僕の出身は、福島県の会津というところで海とは遠く離れた場所で育ちそのため、津波に対しての危機感や恐怖心はあまりありませんでした。

7年前に結婚して、去年の3月から家内の実家がある南三陸町で義父母と同居を始め、僕は南三陸町志津川にある特別養護老人ホーム慈恵園という介護施設で勤務していました。


震災のあった日も、勤務中で施設の利用者は68名いました。
地震が起きてすぐに利用者を居室から誘導して、外に出したのですがその日はあいにく雪が降っていてとても寒かったので利用者をもう一度ホールに戻してしまいました。

そもそも、僕の勤める介護施設は高台にあり指定避難場所にもなっていました。
正直、僕はいくら津波が来てもここまでは来ないだろうというたかをくくった部分も
あり、このあとあんな悲惨なことが起こるとは予想もしていませんでした。

しかし近所にあった大きなスーパーまで流されてきて、このままではまずいと思い裏山の上にある志津川高校に利用者を運びました。

津波が施設を襲来してきたとき僕は施設の中にいて、気がつけば水は僕の足首まできていました。
この時点で、施設利用者はまだまだ施設内にいて僕は仲良くしていたお婆さんの手を引き、こっちだこっちだって逃げているときに施設と裏山の間に溜まった水が居室の窓を破って中に入り込んできたため、施設内の水かさは一気にあがって頭の上まで泥水に浸かり、この時はもうだめだと思いました。
ここで僕とお婆さんは離れ離れになってしまい、僕はとにかく上に行って酸素を吸おうと思い上に行こうとするのですが、流れもあり施設内の車椅子やベットやテーブル等さまざまな物が流れていてなかなか思うように水面に上がることができませんでしたが、何とか水面に顔を出すことができて呼吸ができました。


その時僕の目に飛び込んできたものは、浮かんでいたタンスでした。そのタンスにしがみついたまま施設の中を流され、通路を曲がったところで引っかかって施設の外にほうり出されずにすみました。
もしこの時に外に出されていたらいろんな物に押しつぶされて死んでいたと思います。
どのくらいの時間泥水に浸かっていたかは覚えていませんが、徐々に水が引いていき水が引いたころにはタンスが僕にのしかかて身動きがとれませんでしたが全身ずぶ濡れで寒かったことは覚えています。
それから少しづつ動いてなんとか施設から脱出することができました。

水が引いて、目の前に広がる景色はとてもこの世のものとは思えないような、
まさに地獄絵図でした。


施設内にはまだ虫の息ですが、生きている人がいたので応援を呼びカーテンを引きちぎってそれにくるみ裏山の高校に運びました。
68名の利用者がいて生存が確認できたのは24名で、その中の4名はその日の夜に亡くなってしまいました。
ユニットの掃き出し窓から外を見たときに海と町の境界線のあたりが黄色っぽく見えて、後で思えばあれは津波によって押しつぶされて倒壊した土ぼこりだったと思います。



僕には、今年の春から小学1年生になる娘が一人いるのですが、地震のあった時間帯はまだ保育園にいる時間帯でしたし、携帯も繋がらず家族の安否がわからないまま不安な夜を過ごしました。

地震のあった翌日からは戦場でした。
生存者の捜索と平行して、けが人や容態の悪い人のヘリ搬送、食料の確保、遺体の確認。
僕がやりきれなくて辛かったのは遺体の確認でした。
もうなんて言ったらいいのかわからない、僕だけ助かって良かったのだろうか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

僕の家族の安否がわかったのは地震から4日後の事でしたが、幸い全員無事でした。
この4日間は僕にとってとてつもなく長く不安な日々でした。

利用者の20名中、11名がヘリ搬送、4名は家族の元へ帰して、家族の行方のわからなかった5名は隣の市にある介護施設で引き受けて頂きました。

僕が家族の元へ帰ったのは、震災から1週間が経ってからでした。

当然、海岸の近くにあった自宅は跡形もなく流されてありませんでしたが、ないものは仕方がないしそれよりも大事なことはこれからどうするべきかだと思います。


僕が避難しているところでも7名の方が津波犠牲にあいました。



僕たちが避難している馬場中山生活センターは、2つの行政区で管理運営している集会所で僕の義父が馬場地区の契約会の会長をしていて日中は会社に行っているため、僕は中山地区の会長の右腕として食料の調達や燃料の管理を中心にこれからの集落の復興の方向性等を蜜に相談してやってきました。

支援物資を受け取りに、行政に行けば1回も避難所に足を運んでないのにも関わらず、あなたの避難所には十分なほど物資を渡しているので、明日とりにきても何も渡しませんと言われたこともありました。

震災から10日位したころから、ボランティアの方々が足を運んでくれるようになり、僕はその方々とコミュニケーションをとりながら窓口になって次のスケジュールを決めたりしていくうちに同じ方が何度も僕の避難所に来てくれるようになり、行政からの支援は受けなくても済むようになってきました。

僕のところには毎週2回レギュラーで炊き出しが入ってくれています。


近くのコンビニの駐車場ではチームやんじーが毎日炊き出しをしてくれています。
僕は、毎日その駐車場に通いおかげさまでおいしいものを食べさせてもらっています。

また今後の課題として、この大震災で職を失った人がたくさんいます。
これから仮設住宅に移り各家庭での生活が始まろうとしていますが、雇用の場がないので法人を設立して産業と経済の発展に少しでもつなげることが出来ればと思っています。

僕は、この大震災で失ったものは多いけれど、それ以上に得たものも大きいと思います。

亡くなられた多くの方や、いろんな形でご支援をしてくださった方々に出来る御礼は1日も早い復興だと思いますので、これまで以上に地域一丸となって頑張っていきますので今後とも応援よろしくお願いします。 


       馬場中山生活センター      三浦 光太郎


http://ameblo.jp/aoneonsen/entry-10912086928.html


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tag: 津波 生還 犠牲 高齢者 老人ホーム 救助

その時 何が(20)高齢者46人が犠牲(宮城・南三陸)

◎車いすに波、容赦なく/高台の施設「まさか」

 宮城県南三陸町志津川の特別養護老人ホーム「慈恵園」は、志津川の中心部を一望できる高台にある。棟続きの町社会福祉協議会の施設は、津波など災害時の指定避難場所でもあった。南隣のさらに高い場所にある志津川高に高齢者を避難させようとしているさなか、大津波は車いすを押す職員と、まだ入所者らが残っていたホームに襲い掛かった。入所者とショートステイ利用者計67人のうち46人が死亡、2人が行方不明になり、職員も1人が亡くなった。

 3月11日午後3時半、特養ホーム「慈恵園」の駐車場。津波がJR志津川駅そばのスーパーの大看板をゆっくりとなぎ倒すのが見えた。ホームまでの距離は約500メートル。
 「(志津川)高校に行って」「早く逃げて」
 職員たちは押せるだけの車いすを押して走りだした。ホームは標高約15メートルの高台にあり、南隣の志津川高はさらに20メートル以上高い場所にある。
 施設長佐藤喜久子さん(65)も車いすを押して志津川高に急いだが、高校に続く階段手前の坂道で車輪が止まった。押しても押しても進まない。
 家が流されるのが見えた瞬間、車いすとともに津波にのみ込まれた。ホームの裏山の方に押し流された後、渦を巻いた波で施設内に引き戻された。佐藤さんは必死に木材にしがみついた。「もう駄目かもしれない」。そう思った瞬間、すっと水が引き、床に足が着いた。
 津波はホームの天井の下30センチまで達した。気力を振り絞り、施設内で入所者を捜し、数人をベッドに戻した。「すぐ助けに来ますから」。声を掛け、さらに生存者の姿を捜した。
 佐藤さんがひざの出血に気付いたのは、その日の夜遅くだった。

 「誰かいますかー」
 志津川高に利用者1人を避難させた介護士星雅也さん(38)は、第1波が引くと同時にホームに駆け戻った。救出には志津川高の生徒たちも加わった。
 星さんは、ホームの周囲に積み上がった高さ1メートル以上のがれきを乗り越え、2人を運び出した。3人目を捜していた時、悲鳴に似た叫び声が聞こえた。「また(津波が)来たぞー」「早く戻れー」。高校に駆け戻らざるを得なかった。
 志津川高まで連れ出せた高齢者は28人。外は雪。その夜のうちに、寒さなどで8人が息を引き取り、搬送先の病院でも1人が亡くなった。

 高台にあるホームと棟続きの町社協の施設は津波災害の際、避難者の受け入れを担う。敷地内には地震発生直後から、近隣の住民が続々と避難。ホームのスタッフも慌ただしく利用者をホールに集め、毛布や保存食、飲料水の準備を始めていた。
 相談員佐々木博美さん(50)は「一番心配したのは、余震で建物が崩れることだった。まさか、ここまで津波に襲われるとは」と振り返る。
 施設長の佐藤さんは自問する。「津波が来ることが分かっていたとしても、全ての高齢者を避難させられただろうか」
 移送手段は車しかない。スタッフは29人。当時ホームにいた高齢者67人の多くは要介護度4以上で寝たきりか、車いすが必要な人たちだ。車に乗せるのは2、3人がかりの作業になる。
 町社協デイサービスセンターでも、津波で利用者9人が死亡、1人が行方不明になった。高齢者21人に対し、避難誘導に当たったスタッフは半数に満たない10人だった。
(門田一徳、渡辺龍)


2011年06月06日月曜日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1072/20110606_01.htm

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「避難間に合わなかった」=職員ら悔しさにじます-48人死亡の特養ホーム・岩手

 岩手県大船渡市三陸町越喜来の特別養護老人ホーム「さんりくの園」。東日本大震災の津波被害で、デイサービスの利用者も含め高齢者47人が死亡、9人が行方不明となったほか、職員1人も死亡した。職員の西村健一さん(44)は「私たち職員も避難させようと必死だったが、間に合わなかった」と悔しさをあらわにした。
 当時、施設には70歳以上の高齢者67人が入所。20人前後の職員がいた。1993年の設立時から勤務する西村さんは「明治や昭和の大津波を考慮し、浸水はあっても津波は来ないとされていた場所だった」と話す。
 3月11日、強い地震が長く続いた後、津波が発生した。職員らは入居者を中庭に避難させ、運べる人から高台にある国道まで運んだ。西村さんも車いすを押した。振り返ると、波が同園の1階部分をのみ込んでいた。「戻れる状態じゃなかった」
 国道に止まった車から降りた人や近所の住民も救助を手伝ってくれた。しかし、「ベッドから動かせない人もいた。時間がない。間に合わなかった」と振り返る。住民の女性(66)も「一人も助けられなかった」と悔やんだ。
 波がいったん引いた隙に数人を助け出した職員もいた。しかし、津波を警戒するサイレンが何度も鳴り、思うように救助活動ができなかったという。
 及川喜久平さん(65)は母久子さん(85)を亡くした。震災後、次女(37)と孫の小学6年の男児(12)の2人に連絡が取れなくなったが、後から無事が確認された。「災難をおふくろが全部しょってくれたのかな」。及川さんは寂しそうにほほ笑んだ。
 西村さんは「予想外の津波だった。被害が大き過ぎて整理がつかない。地震だけだったら大丈夫だったのに」と肩を落とした。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110503-00000063-jij-soci


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