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大代保育園

震災直後・・・というより、余震が続く震災のまっただ中、そう叫んで園に駆け込んで来た一人の男性がいました。
「ここは危険です、全員直ちに屋上へ避難して下さい!」
「 ・・・・・。 」
「ここは危険です、全員直ちに屋上へ避難して下さい!」


その男性は何度か繰り返し叫んだような気がします。
それは、皆その言葉の意味をすぐには理解できず、無言のままだったからでしょう。

ややして私はハッとし、窓から顔を出して辺りを見回すと、その男性と同じ色のユニフォームを着たもう一人の男性が、しきりと園の廻りを駆け回っていました。

その男性とは他ならぬ、園舎を建築していただいた東鉄工業株式会社東北支店の方達でした。

一人が大津波警報の連絡と避難誘導を、もう一人が園舎の被害状況の確認と避難経路の確保を行ってくれていたのでした。

屋上へ避難し、改めて点呼をとると、園児、保護者、職員で58人。
男性二人を含めると丁度60人でした。
時間的に午睡明けということもあり、パジャマ姿のまま屋上へ避難した子もいました。

すると突然、北からの強風が吹き荒れ、雨が降ってきました。
横なぐりの雨は雪となり、ついには、この時期にはめずしく吹雪となって私達を襲ってきました。


突然の吹雪から身を守るため、先生達は教室から布団を運びだし、子ども達の頭にかぶせました。
外階段を何往復かした先生の髪の毛はすでにびしょびしょに濡れていましが、それでも明るく大きな声で、子ども達を励まし続けていました。
しかし、吹雪はおさまるどころかますます強くなってきました。
すると、ついさっきまで園の廻りを駆けていた東鉄工業の監督さん(今回の新園舎建設で現場監督として陣頭指揮をとっておられた)が、屋上の手すりに2本のロープを渡し、ブルーシートで屋根を張ってくれました。
皆はそのテントに寒さで震える身を寄せ合いました。
しかし、全員が入るにはきつく、北側にしゃがんで布団をかぶっている列は、みるみるうちに雪で真っ白になりました。

間もなくして監督さんが、グリーン色の布地でできたパーテーションを手に持ち
「すみませんが・・・、これに穴をあけてもいいですか・・・?」
と、とてもつらそうな表情で聞いてきました。
そのパーテーションは明日の卒園式で使うために購入し、昨日か一昨日に届いたばかりだと知っていたからだと思います。
「はい。」
と主任保育士は答えました。
監督さんは上司であり大津波を知らせてくれた部長さんと二人で、屋上の手すりにパーテーションを結びつけ、壁がわりに立ててくれました。

ちょうどそのころと前後して、あちこちで車のクラクションが鳴りだしました。


「あーっ、きたきたきたーっ!」
「うわー、本当に来た!」
園舎西側道路の南方向からこげ茶色の水がサーっと流れてきました。
そのスピードは早く、20㎝、30㎝とどんどん水かさが増してきました。
道路には通行車両や通行人の姿はまったく見られず、辺りは時間が止まったかのようで、この吹雪と津波をのぞけば風景写真でも眺めているようでした。
どのぐらい時間がたったかおぼえていませんが、今度は東側の貞山堀にかかる大代橋のたもとを越えて水があふれてきました。
「もしかして・・・、」と思った私は職員に状況を説明し、とにかく浮く努力をするようにと何点か指示しました。
皆はテントの下でジッと固まったままでしたが、部長さんと監督さんは屋上の四方を行ったり来たりして、下の様子をうかがっていました。
私も下を見ると人の背丈ほど水位が上がっていました。
花のプランターやポリタンク、そして流される車を見たときは現実感がなく、まるで映画でも見ているかのようでした。
辺りから聞こえるクラクションは浸水した無人の車からのものでした。


「引いてる引いてる、引き波だ!」
16時前後、一旦水の流れが止まり、さっきとは逆方向に水が流れ始めました。
第二波を警戒しながらも、とりあえず胸をなでおろしました。
その時点で吹雪がやんでいたか覚えていませんが、寒さから身を守るため、二階へ移動することにしました。

二階ホールには見覚えのないダルマストーブが置いてありました。
「これで暖をとってください。」
と部長さんは言いました。
津波が来る前に工事事務所からホールへ運んでくれていたのです。
子どもたちは濡れた服を着替え母親や先生達とストーブをかこみました。


地震直後、貞山堀沿いに借りてある工事用駐車場の様子を見に行った監督さんが、堀の水が極端に引いているのに気づき津波を直感したそうです。
ならば、なぜ車をすぐに高台へ移動しなかったのでしょうか?
そのまま車に乗って高台へ避難することもできたはずです。
事務所に戻って部長さんに知らせ、二人で車の鍵を持って走れば往復わずか5、6分の距離なのですから。
しかし二人は、子どもたちの命を守るため保育園に残り、私達と運命を供にする道を選んだのでした。

(続く)

http://ooshiro143.exblog.jp/14753397/
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テーマ: 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~
ジャンル: その他

tag: 津波 生還 子供 幼稚園・保育園 救助 ブログ

前後から囲むように真っ黒な津波が押し寄せて来ました。

 多賀城市八幡の会社で勤務中に大きな揺れに襲われました。塩釜市の保育所に預けている2歳の子どもが心配になり、先輩社員を送りがてら、帰宅することにしました。
 国道45号は渋滞。何とか車を乗り入れると、多くの人が歩道橋に駆け上がっていました。歩道橋から「津波が来る 高いところに逃げろ」と叫ぶ声が聞こえました。
 よく見ると、前後から囲むように真っ黒な津波が押し寄せて来ました。まずいと思いながら渋滞の列を縫うように走るうちに、車内に水が入り、腰まで漬かりました。先輩の「車の上に逃げるぞ」との声に従い、手を借りて2人で何とか車の屋根に上りました。
 必死で車上のルーフキャリアを握りました。どんどん水位が高くなってきます。写真のように目の前は真っ黒な濁流。しゃがんだ腰近くまで水が来たところで流れが収まり、ようやく助かったと思いました。周囲を見ると、同じように車の屋根や電柱にしがみついている人が大勢いました。
 午後9時近くに自衛隊のボートに救助され、多賀城市の文化センターで一夜を過ごしました。翌朝、保育所近くの避難所に行くと、息子が笑顔で駆け寄って来たのでほっとしました。


2011年07月01日金曜日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1074/20110701_01.htm



テーマ: 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~
ジャンル: その他

tag: 親子 子供 津波 生還 河北新報 スクラップ

ほんとに夢だったらいいのにと何度も何度も…

82 :名無しさん@お腹いっぱい。(広西チワン族自治区):2011/05/23(月) 02:17:57.09 ID:GTwdQeSyO
俺も書きますね。

地震当日に俺は朝大宮から新幹線に乗りました。
俺は埼玉在住で、出張で仙台に向かい早めのお昼を仙台の人と済まし、
多賀城まで車で送ってもらいました。(その人の好意で)多賀城は別の業者さんに会うためで、待ち合わせの時間までしばらくあったので海が見たいなと思ってたので
海の近くに降ろしてもらったのですが、景色いいわけでもなかったので何か時間つぶすとこ(本屋とか)ないかとブラブラしてました。
相手から連絡くるまえに地震が起き、収まった後もあまりの強烈さにその場に立ちすくんでました。
携帯はつながらず、初めてきた土地な上に業者さんと連絡もついてないのでどうしたらいいか右往左往してました。
連絡もつかないし、携帯の充電も気になりとりあえず駅に向かおうかどうしようかあてもなく歩いてたら…

何かありえないところから水が来ました。

鳴っているサイレンと、津波が何とか言ってるのはわかってましたが、
周りにいる人達が逃げてるとかでもなく、それほど気にせずにいました。
それよりどうするか(逃げるではなく業者さんとのこと)に意識がいってましたので、
水が来たときは(一気に来たわけではなかった)何で水が?位にしか思ってなかったです。
とにかく水を避けようと、水が来た方と反対に歩いてたらそちらからも水が来て、
近くにいた人から初めて津波が来たことを知りとにかく水のなさそうな方へ向かいました。
でも水があきらかに大量に後ろからきたので走ったのですが、あっという間にひざまで浸かり、なんとか近くのビルに逃げ込んだのですが、
3階に登った時にはすでに1階が水で浸かっておりとにかく上(5階建)に行き難を逃れました。
外は異様な速さで水が流れてて、ハンドルにしがみついた人がいる車などが何台も流されてて、
いろんな破壊音と悲鳴とともに人も数人流されていく光景をただ見ているだけでした。
津波が収まった後はあちこちから助けを求める声が聞こえてて、50m位先の小屋みたいな屋根の上で
呆然としている老人も見えました。引いてない水のため自分も身動き出来ず、助けが来るのを祈ってました。
夜は寒さを何とかすることで精一杯で、一緒にビルにいた女性(30代後半位)は全身濡れていたため
ガタガタ震えだした時は女性に性的目的がないことを言い、やむなく体をくっつけあい壁の隅で寒さをしのぎました。
翌朝小屋の上の老人が倒れており(寝ている感じではなく)まったく身動きしてなかったので
息絶えたのかと思ったら自分等の(逃げ込んだビルには自分と女性のみ)身の危険を再認識しました。
逃げ込んだビルは事務所が2軒だけで、どの部屋も鍵がかかってましたので飲み物も食料もなかったです。
水が次の日の午後には引いたのでビルを後にしその後偶然駅で業者さん達に遭遇、震災対応で東京に行くという方の車に乗せてもらい帰ってきました。
半分パニックになってたので記憶あいまいなとこもありますが、流されていく人の光景や津波後の悲鳴や遠くに見えていた火事、
目の前で寒さに震え会話もろくに出来なくなっていた女性に翌朝お礼を言われた事、
助けてあげれなかった小屋の上の老人、ビルから駅に向かう途中で見た数々の遺体。

ほんとに夢だったらいいのにと何度も何度も…


90 :名無しさん@お腹いっぱい。(広西チワン族自治区):2011/05/23(月) 15:27:33.34 ID:GTwdQeSyO
>>82です。
ブログはしてないのですいません。

初めて来たので土地勘ないのは当たり前ですが、避難場所になりそうなとこも分からなかったので、
いま思えば駅で業者さん達に会えたのはとても助かりました(もちろん仕事の話しは後に、となった)
会えてなければどこに行きどうしたらいいか見当もつかなかったと思います。

震えていた女性は独身と話してました、それを聞いて自分のした行動に多少言い訳をすることが出来ました。
とゆうのは、服が濡れていたために夜には凍ってきました。自分はひざ下だけでしたので平気でしたが、
女性は車で移動中に津波に合い、水没した車の窓から何とか逃げてきたと話しそれで全身ずぶ濡れなのだと。
最初は服を着たまま抱き合ってたのですが、なにせ服が凍っているため抱き合っても女性を暖めるどころか
自分が寒くなる状態でした。女性の上半身(下着も)を脱がして抱き合おうとしましたが、女性の肌はかなり冷たくなってましたので
自分も脱いでお互いの肌をくっつけて暖め合いました。なので性的目的はないと話したのです。
女性に旦那や彼氏がいたら申し訳ないなと思ってはいましたが、
火をおこせることの出来ない状況ではああするしか女性を暖める術を思い付かなかった…
自分は結婚前提の彼女がいますがもちろんこのことは話せません、ここですから話せてます。

幸い自分は助かり被災地には知り合いはいないので今はいつもの生活が出来てますが、
あの光景を見たら、家も仕事も家族をも亡くされていり方に自分は頑張ってとはとても言えません。
つらいことは時がいつか癒してくれるとは知っていますが、あまりにも…

自分が見た流されていく人達に亡くなられている方がいましたら、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。(内モンゴル自治区):2011/05/24(火) 01:30:00.23 ID:nfF4yZF3O
>>82>>90です。

>>94、あのとき確かに女性の胸は見えましたしふれあいました。
でも性的な感情にはならず、また体も反応しなかったです。それより寒さで苦しんでいることが気掛かりでした。
容姿的には普通の女性(自分の好みとか関係なく)でしたので、普通の状況でしたら体は反応したと思います。

自分は過去に壮絶な遺体を見た経験がなぜか偶然何度かあります。
首つり、飛び降り、轢死、溺死、自動車事故。これらすべて偶然その場に居合わせ目撃してしまいました。
でもすべて見ず知らずの他人でしたのでトラウマにはなりませんでした。
日航機墜落の時に叔父さんの遺体確認で親と一緒に行ったことありますが、その時は遺体の損傷が激しいからと
目で見ることはありませんでしたが、遺体収容場所の異様な雰囲気は忘れられません。でもトラウマにはなってないです。
今回も偶然といえば偶然なんですが、あの光景などは何度も頭をよぎります。また抱き合ってた女性が死ぬんじゃ?
と感じ、何か罪悪感と絶望感を感じた嫌な感覚が頭から離れないのです。

この書き込み(体験)が役立つかはわかりませんが、何度か行った三陸をまた訪れたい。
スレや皆さんに嫌な思いさせてしまったのならすいません。


http://hato.2ch.net/test/read.cgi/lifeline/1305119025/82
http://hato.2ch.net/test/read.cgi/lifeline/1305119025/90
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tag: 津波 生還 3.11の夜 2ch

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